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トウキョウという街について

約2年ぶりくらいに東京を訪れた。
「街は変わってるのだろうか?」と主人は私に聞いたけど
「たぶん、至る所で駅が新しくなってるとかくらいじゃない」と答えたのだが
はたしてまったくその通りであったのだ。
少し安心するし、10年過ごした土地にはそれなりの
かなりの量の思い出もある。

そんな思い出にもう一度会いたいと思っても
躊躇するくらい、東京はガラスでできた森のように感じることもある。
あまりにも巨大すぎる街は「旅人」として訪れるには楽じゃない。
けれど、もしそこに入り込み、幸運にも自分用のベッドがあるなら
いつまでも半分酔っていたい温かい巣にもなりうる街なのだ。
そうして巣を求めた人間たちが宿り合った結果
彼らにはもっとも快適に生活できる街になったのが東京なのだと思う。
雨がふれば傘にも困らない
お腹がすいたら至るところに食べ物もあり
ひっきりなしに来る電車に飛び乗ればどこへでもいける錯覚の幻覚を見せてくれる。
人間の欲望を満たすために作り上げた人工的な香りをかぎ続ければ
本当に欲しかったものなんて忘れてしまう。

そんな街に集う人々を慈しむように揺れる木の葉が印象的だった。
あまりにも増えすぎた人々を
このままじゃ死んじゃうんだよ と言わんばかりに、
東京にある緑は、いつだってきちんとお行儀がよくて
ただただそれはもう、葉をつけて色を変え、やがて朽ちてまた新芽をだすという
自然の摂理で行うよりも
増えすぎた哀れな人間のために寄り添っているように、
その時は、本当にそう見えたのだ。
山手線の流れ行く景色の中で
自分たちの存在を知る人なんているかいないか
わからないくらい稀なのに
そんな少しの人のためにも
もちろん大半の謀殺された人のためにも
風にゆれ、雑草ですらお行儀よく
ただただ笑っているように見えたのだ。
それは長年かけて築いた人間にコントロールされつくされた結果であり
これから先も殆ど変わらない光景なのであろうけれど。


そして私のふるさとをふるさとたらしめるものは
そうしたお行儀のよいきちんとした緑とは対象的に
あわよくば少しでもこの道路をうめつくさん、とて
はびこる強い草達と
海と草と土の匂いの風だとわかったことが
一番の発見だ。
まだまだ自然の力が勝っているのだと信じたい。


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